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HABA note- 心地よい暮らし -

2021.8.24 カルチャー 

美はあちこちに宿る

第8回 天国の庭

タイトル

小説家 三浦しをんさんのエッセイを毎月1回お届けします。

 

 「庭のバラがきれいに咲いたから、見にこない?」と友人が誘ってくれて、待ってましたとばかりに遊びにいった。友人のお父さんがご自宅の庭で熱心にバラを育てており、私は見物させてもらうのを楽しみにしているのだ。
 友人父のバラ栽培は、ご本人いわく「趣味」なのだが、お庭じゅうにさまざまな品種が咲き誇っており、バラのアーチまである。垣根越しにあふれんばかりのバラで、しかも色のバランスも考えつくして植えてあるため、ご近所にも大評判。近隣の友人知人がみんな見物にやってくるほどだ。
 庭に一歩踏み入れた私は思わず、「ふおおおお!」と感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。マスクをしていてもいい香りが感じられるぐらい満開で、貴族の庭というより、もはや天国みたいなうつくしいバラの園だ。
 しかし気になることもある。バラの季節に友人宅にお邪魔するのは二年ぶりだったのだが、前回よりも確実にバラの密度が高くなっている。
「あの……、鉢が増えてますよね?」
 すると、出迎えてくれた友人父は気まずそうに目をそらし、
「そうかな、そんなことはないですよ」
 と、もごもご言った。「バラが育って大きくなったから、そう思うんじゃないかなあ」
 だが、友人と友人母はここぞとばかりに、
「ほらやっぱり! 絶対増えてるんだよ!」
「『もう新しい苗は買わない。鉢は増やさない』って言ったくせに!」
 と友人父を糾弾しはじめた。毎日庭を眺めているので、変化に対して確信を持てず、「どうもバラが増えているような……」と疑惑を抱いていたものの、「気のせいだ」と友人父に丸めこまれていたらしい。
「私はバラ以外の植物も楽しみたいのに、お父さんたらバラばっかり植えちゃって」  と友人母は嘆きつつも、おいしい紅茶をいれてくださった。夫のバラ暴走をとどめる術もなく、もはや諦めの境地ということのようだ。
 我々はお庭のベンチで紅茶を飲みながら、バラを眺めた。そのあいだも友人父は、立て板に水のごとく品種や育てかたについてレクチャーしてくれる。品種名はさっぱり覚えられなかったが、大輪の白い八重咲きで、花の中央が薄いピンクのバラや、赤に白い斑の入ったワイルドローズっぽいもの、紫やレモンイエローなどなど、さまざまな色と形のバラを堪能した。香りも、香水みたいに華やかなものもあれば、花に鼻をつっこむようにするとほのかに香るものもある。しかも、同じ株でも花の開き具合によって香りがまったく異なる。紅茶を飲み終えた私は夢中で写真を撮り、くんくんと花の香りを嗅いでまわった。友人父もバラ解説を続行しながら、隣でくんくん嗅いでいる。毎日、バラの手入れをし、思うぞんぶん眺めたり嗅いだりしているのだが、まだ嗅ぎたりないのだそうだ。本当にバラが好きなんだなあと、なんだか微笑ましかった。
 友人父は、たぶん七十代だろう。仕事を引退したのち、「そうだ、バラだ!」と突然思い立ったらしい。以降、趣味ひとすじ(趣味という言葉では言い表せないほどののめりこみようだが)。コツコツと庭を改造し、いろんなバラを小さな苗から育てたり、挿し木で増やしたりして、見事なバラ園を築きあげたのだそうだ。朝早くからせっせとバラの世話をし、夜は、「明日はどんな作業をしようかな」と算段するうちに、すやーっと快眠できるのだとか。
 頭のなかがバラでいっぱいすぎる気もしなくもないが、生き生きと楽しそうな友人父を見ていると、「好きなものがあるって、ほんとにいいことだな」とつくづく思う。しかも、友人父のバラ暴走のおかげで、家族だけでなく近所のひとや私まで楽しませてもらえるのだ。なんといい趣味(という言葉で言い表せる範囲を超えているけども)だろう。友人父にたっぷり愛情を注がれたバラも、なんだか幸せそうだった。
 なにしろ友人父は、「アーチにしたツルバラが寿命を迎えたら、代わりに植えよう」と、先を見越してつぎの苗も抜かりなく育てているのだが、世話が行き届きすぎてツルバラはちっとも寿命を迎えず、アーチはますますこんもりと満開、鉢で育成中だった次世代の苗も、「苗」というレベルじゃなく立派に大きくなって満開、といった調子で、そりゃ庭のバラ密度がぐんぐん高くなるわけだ(カタログを見ては、新たな苗をこっそり購入しているのも事実のようだが)。友人父のみならず、バラも生き生き、衰えを知らぬ。
 私だったら、「テレビや雑誌に庭を取りあげてもらえるかも」とか、見物料を取ったりとか、バラジャムを作って売ったりとか、交配させて新種を発表して一儲けとか、いくらでも欲をかいてしまいそうなところだが、友人父はそういうことにはまったく興味がないみたいだ。ただひたすら手塩にかけてバラを育て、友人知人に楽しんでもらい、ご自身も庭を眺めながらお茶を一服。それだけで充分だと感じておられるようで、だからこそバラの庭がこんなにもうつくしいのかもしれない。バラに囲まれて夢のような数時間を過ごしたが、いくら見ても見飽きることがなかった。
 名残惜しい気持ちでおいとまする。友人が駅まで送ってくれるということで、車に乗りこもうとしたとき、私は気づいた。軒下に腐葉土の大きな袋が大量に積まれている……!
「これ……」
 と私は言った。
「そうなんだよ、まだまだ増やす気まんまんだよね」
 と友人はため息をつきつつ笑った。

タイトル

三浦しをん
小説家。1976年、東京都出身。 2000 年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、 2015 年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞及び河合隼雄物語賞を受賞。2019年には植物学専攻の大学院生を描いた『愛なき世界』で、作家としては初めてとなる日本植物学会賞特別賞を受賞した。『風が強く吹いている』『マナーはいらない 小説の書きかた講座』など著作多数。最新刊は小説『エレジーは流れない』。