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HABA note- 心地よい暮らし -

2021.11.19 カルチャー 

美はあちこちに宿る

第11回 日常の観察者

美はあちこちに宿る

小説家 三浦しをんさんのエッセイを毎月1回お届けします。

 

 もう自分の作る料理に飽きた! というかたは、けっこう多いのではないだろうか。
 私は飽きを通り越して辟易している。料理に対する情熱があまりないので、新しいレシピを探すでもなく、「またナスの煮びたし!」「また焼き魚!」「また余った食材のごった煮!」といったものを粛々と作っては食べる。料理の腕前もあまりないので、目が覚めるほどおいしいものも、反対に目が覚めるほどまずいものも作成できず、「またこれか……」感が強まる。自分の料理に驚きや喜びを見いだせない。
 今年の夏、私はパスタソースを作っていた。かたわらではパスタを茹でるための湯が鍋で沸いていて、湯気をもうもうと上げている。そのとき急に、頭痛を感じた。なんだかめまいもする。これはどうしたことだ、と思って、ふと気づいた。もしかして熱中症!? そういえばさっきから、大量に汗をかいていた。冷房代をケチってエアコンは仕事部屋でしか使っておらず、台所は灼熱地獄だったのである。私はよろよろしながら、鍋に投じようとしていた塩をちょっと舐めてみた。そしたら噓のように、頭痛とめまいが消えたのだった。
 夏に厨房に立つ料理人のみなさまのご苦労はいかばかりだろう。しかし私は、外食したい……! と心から思った。こんなうまくもまずくもない料理を作るのと引き換えに、熱中症で命を落とすなんてやだよー!(いいからエアコンをつけなさい)
 だがまあ、新型コロナの流行がなかなか収まらないので外食は我慢し、どうしても自分の料理に耐えきれなくなったら、馴染みのお店でテイクアウトするという日々を送った。うう、プロが作ってくれた料理、おいしい。
「でもやっぱり、テイクアウトと外食はちがうと思うんですよ」
 と、近所のネイル屋さんで爪を塗ってもらいながら、ネイリストさんに窮状を訴える私。「友だちとおしゃべりしながら飲食できるっていうのももちろんですが、一人であっても、お店で食べるほうが断然楽しい。あとかたづけをしなくていいし、店員さんやお客さんと思いがけず交流が生まれたりもするし。それが外食の醍醐味だったんだなって、つくづく感じています」
「わかります」
 とネイリストさんはうなずいた。「私も自炊には飽き飽きです。外食するとき、私はほかのお客さんの様子を眺めるのが大好きなんですよ。『あのテーブルの男女、つきあうかどうかの瀬戸際だな。あっ、男性がトイレに立ったら、女性がすぐにスマホをいじりだした! さっきまであんなに愛想よく相槌打ってたのに……。これは脈がないのかも』とか」
「そこまで仔細な観察は、私はしないような……」
「えー。じゃあ三浦さんはご飯屋さんでなにしてたんですか」
 夢中でご飯を食べていたのである。しかしネイリストさんがあまりにも確信に満ちた態度なので、「もしや観察もせず、ご飯屋さんで夢中でご飯を食べてしまっていた私のほうがおかしいのか?」という気持ちになってきて、
「すみません」
 と謝る。
「やはりポイントは、トイレに立つときの表情です」
 とネイリストさんは言った。「生理現象に臨もうとするとき、人間はどうしても油断するんだと思います。そのひとの本性というか本音が表情に出る。直前までの会話の余韻で、トイレに向かうときにもにこにこしているひとを見ると、『仲良しの相手と食事を楽しんでるんだなあ』と伝わってきて、なんだか私までうれしくなります。これはテイクアウトではなく外食しないと、絶対に味わえない瞬間です」
「なるほど、本当にそうですね」
 と私は賛同した。お店でもぐもぐご飯を食べている最中であっても、うつくしい瞬間を見逃さずにばっちりキャッチする。そういうネイリストさんの心根もまた、うつくしいものだなあと感じた。でもまあ、ネイリストさんのような観察者がほかにも大勢いるのかもと思うと、トイレへ向かうときの表情選択にも気が抜けず、今後は足取りがぎこちなくなってしまいそうではある(自意識過剰)。
 「自炊に飽きた」のは、「自分の料理の味に飽きた」からだと、私は思っていた。けれどネイリストさんとの会話を通し、それだけが理由じゃないなと気づくことができた。
 お店で食べると、思いがけない出会いがある。べつに、友だちと一緒に食べなくてもいいし、ほかの常連客や店員さんと会話しなくてもいい。たまたま店に居合わせた、もう二度と会うこともないだろうお客さんの振る舞いや会話を見聞きしたり、店のテレビをボーッと眺めたり、店に行くまでの道で散歩中の犬とアイコンタクトしたり。とにかく、自分以外の存在と触れあい、自分ではどうしようもないあれこれ(お客さんの会話や店のテレビのチャンネル権など)のなかにとりあえず身を置くという、外食にまつわるすべてが楽しく刺激的だったのだ。その機会が大幅に失われ、ほとんどすべてを自分で采配でき、予測可能な味しか生みださぬ自炊ばかりになってしまったから、私は「飽きた」のだろう。
 他者の存在が、気配が、日常に輝きや、ときとして軋轢を生じさせる。この世界のうつくしさの根本は、やはり「多様であること」「自分の意ままにはならぬこと」にこそあるのだと、つくづく思ったのだった。  

美はあちこちに宿る

三浦しをん
小説家。1976年、東京都出身。 2000 年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、 2015 年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞及び河合隼雄物語賞を受賞。2019年には植物学専攻の大学院生を描いた『愛なき世界』で、作家としては初めてとなる日本植物学会賞特別賞を受賞した。『風が強く吹いている』『マナーはいらない 小説の書きかた講座』など著作多数。最新刊は小説『エレジーは流れない』。