当サイトを正常に閲覧いただくにはJavaScriptを有効にする必要があります。
無題ドキュメント

2021.2.22

カルチャー

美はあちこちに宿る

小説家 三浦しをんさんのエッセイを毎月1回お届けします。

 

 徹夜明けの午前七時、ドテラを着てゴミを出していたら(むろんすっぴん)、同じくゴミ出しに現れた近所のおばあさんが、とたたたっと走り寄ってきた。
「おはようございます」
 と私が挨拶を発しきるよりも早く、
「朗報があるの!」
 とおばあさんはにこにこ言った。「このあいだ、親戚の女の子が四十歳で結婚したのよ。だから、諦めないで!」
 突然すぎる朗報にたじろぐ。私は四十四歳なんですが、まあそれは誤差の範囲として、諦めるとか諦めないとかの問題以前に、そもそも結婚したいと思っておらず、一人でもわりと楽しく幸せに暮らしているのだけれど、しかしおばあさんは力強く励ましてくれてるし、私が出勤してるふうでもなく、しょっちゅう近所をぷらぷらしているため、「あのひと、大丈夫なのかしら」と不審、もとい、心配させてしまっていたんだなともうかがわれ、えーい、ここはもう細かい説明は不要かつめんどくさいぞ、と〇・三秒のあいだに脳内で結論づけた私は、「諦めません、勝つまでは!」
 と戦時中の標語みたいなことをさわやかに宣言してしまったのだった。
「その調子、がんばってね!」
 おばあさんはうむうむとうなずき、ゴミを出して去っていった。
 朝からドッと疲れた。だがまあ、善意で朗報をもたらしてくれたおばあさんに、「いや、べつに結婚に興味ないんで」などと水を差すのも申し訳ないし、すっぴんでも「結婚予備軍」と見なされたということは、もしかしてスキンケアが効いてるということなのでは?!って気もする。よし!(ポジティブシンキング)
 つい世間(ていうか、おばあさん)に迎合して本音を告げられなかったため、「私のフヌケめー! だけどご近所づきあい的には、これでOKだったんだよきっと! あとやっぱりスキンケア大事!」と千々に乱れる我が心。衝撃で眠気が吹っ飛んだので、そのまま勢いに乗って洗濯に取りかかった。
 最近ようやく、私は洗濯に楽しさを見いだせるようになった。以前は、「また着るのに、洗濯物をいちいち畳む意味とは」とか、「洗剤に砂鉄を混ぜ、洗濯物を干す輪っかについた洗濯ばさみを磁石製にすれば、干す手間が大幅に削減されるのでは?(砂鉄まみれの洗濯物が、磁石の洗濯ばさみにビュッと自動的にくっつき、吊るされる仕組み)」とか、そんなことばかり考えていた。だが、あるときふと思ったのだ。「洗濯物の色を活用すれば、洗濯を楽しめるのではないか?」と。
 家事上級者のかたはとっくに実行されていると思うが、その日から私は、洗濯物の色がグラデーションになるように干しはじめた。Tシャツは黄色、オレンジ、赤、灰色、紺、黒の順に吊るす、といった具合に。同時に、タンスにしまう際も、パッキングの要領できちんと畳んで丸めて色別に収納。ワンピースなどの大物も、色順にハンガーにかけて並べる。 これがめちゃくちゃ楽しい。グラデーションになった洗濯物がベランダでひるがえるさまは、満艦飾って感じできれいだし、色で分類して収納しておくと、着るときに組みあわせをパッと決められて便利だ。ちなみに、一人暮らしなのに、なんで一回の洗濯物がグラデーションを云々するほど大量にあるのかというと、むろん、洗濯をサボって溜めこんでいるからだ。私は一週間に一度程度しか洗濯しない。洗濯物でグラデーションづくりを楽しむには、このぐらいがちょうどいいのだ(洗濯に楽しみを見いだしはしたが、結局洗濯する頻度は上がらなかったという罠)。
 さて、洗濯物を干す仕上げは、シーツ類だ。これはベランダの手すりにかける。忘れちゃいけないのはバスタオルで、私は矢沢永吉のロゴがドカーンと入ったバスタオルを複数枚所持している。矢沢氏のコンサートのツアーグッズで、適度な厚みとふかふか感があり、吸水性が抜群で乾くのも速いという、バスタオルとして相当優秀な逸品。歌がうまくてかっこいいうえに、バスタオルまですごいって、どうなってるんだ。もう、永ちゃんを手放せねえ!
 というわけで愛用しているのだが、永ちゃんバスタオルは防犯グッズとしても役に立つ。矢沢永吉のバスタオルがベランダにひるがえっている家が、女の一人暮らしだとはあまり思われるまい(たぶん。永ちゃんファンの女性、実際は多いですが、イメージとして)。永ちゃんバスタオルを手すりの一番目立つ場所にかけ、洗濯物干しは完了だ。
 はー、今日もベランダを洗濯物でうつくしく装飾できた。余は満足じゃ。無心に洗濯物の色を判断し、粛々と吊るしていたら、「やっぱりおばあさんは善意で励ましてくれたんだし、あの返答でよかったんだ」とすがすがしい気持ちを取り戻すことができた。朝の光のなか、就寝する。起きるころには、洗濯物もちょうど乾いているだろう。
 それによく考えれば、「諦めないで!」って名言だよな、と布団のなかでぐふぐふ笑う。たとえスポーツであっても、諦めなきゃなんとかなるというものでもないと思うのだが、おばあさんの前向きな世界のとらえかた、(結婚はまあ置いておくとして)見習いたい。




三浦しをん

小説家。1976年、東京都出身。 2000 年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、 2015 年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞及び河合隼雄物語賞を受賞。2019年には植物学専攻の大学院生を 描いた『愛なき世界』で、作家としては初めてとなる日本植物学会賞特別賞を受賞した。『風が強く吹いている』『きみはポラリス』『のっけから失礼します』『マナーはいらない 小説の書きかた講座』など著作多数。






HABA note 一覧に戻る





ページトップへ戻る