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無題ドキュメント

2021.5.26

カルチャー

美はあちこちに宿る

小説家 三浦しをんさんのエッセイを毎月1回お届けします。

 

 苦手なことは多々あるが、日常生活で特に困ったなあと思うのは、「スイカの切りかたがわからない」だ。
 スイカって、基本的に球体ですよね(ラグビーボールみたいな形のものもあるが)。私は櫛形に四等分ぐらいに切って、一個の櫛を等間隔に、まな板に対して包丁を垂直に下ろすように、ざくざくとさらに切る。食パンを切るような感じです。そうすると、スイカは薄べったい三角形の一片になる。
 しかしそれを見ていた友だちが、
「スイカは中央部が一番甘いから、その部分がどの一片にも来るように、こうやって切るといいよ」
 と、もう一個の櫛を使って実演してみせてくれた。立体的な三角形になり、見た目もうつくしいうえに、たしかにスイカの中央部がどの一片にもちゃんと存在している。
「おおー!」
 と感動したのだが、友人の包丁さばきが剣豪なみに縦横無尽だったこともあって、自分で再現することがどうしてもできない。その後何度も、「こうだったっけ……?」と頭を悩ませながらあれこれ試してみるも、なぜか四角い破片になってしまったりして、絶望的な気持ちだ。
 つまり私は、「立体物」がよくわからないし、苦手だ。キャベツやタマネギとなると、そこに繊維の向きもかかわってくるため、混迷はさらに深まる。キャベツを千切りしていたら、芯だけのゾーンが生じてしまったとき、タマネギを櫛形に切りたかったのに、繊維部分がどんどんほどけてみじん切りみたいになってしまったとき、「あんなに考えてから切ったのに、またまちがえた……」と私は台所で一人泣いている(タマネギの汁のせいではなく)。
 とにかく筆舌に尽くしがたいほど、立体物を把握する能力に欠けている。そういえば算数の授業でも、展開図をまえに呆然としていた。「どれがちゃんと立方体になる展開図でしょうか」と聞かれただけで脳にかすみがかかる思いがするのに、それよりも複雑な形状をしたキャベツやタマネギを把握できるはずがないのだ。
 もうひとつ苦手なのが、「ポインセチアを育てること」だ。私は植物を育てるのが好きだし、わりと得意なほうだと思うのだが、相性というものはあって、ポインセチアはどうもうまくいかない。
 最近のポインセチアは、葉が赤く色づくものだけでなく、ピンクや黄色もあって、とてもかわいい。クリスマスが近くなると、鉢植えをうきうき買ってきて眺める(正確には、色づく部位は葉ではなく「苞=蕾を包む部分」らしい)。しかし、どうも温度と水やりの加減がむずかしく、拙宅に来たポインセチアは軒並みしんなりし、葉を落としていく。
 どうしたものかと毎年試行錯誤した結果、「風呂場に鉢を置く」という結論にたどりついた。拙宅の風呂は小さなユニットバスなので、室温が下がりすぎることもなく、シャワーを使うたびに適度な湿度をもたらすことができる。あと、リビングなどに置くのとちがって、目に入る機会が少ないため、水のやりすぎも防げる。逆に言うと、せっかく買ったポインセチアをあまり眺められない、という弊害もあるわけだが、(ポインセチアの)命には替えられない。
 おかげさまで、昨年買ったポインセチアはいまのところ元気に、黄色く色づいた葉を風呂場で繁らせている。その隣にはふたつ、緑の葉っぱを繁らせたポインセチアの鉢がある。一昨年とそのまえに買ったポインセチアだ。本来なら、それぞれピンクと赤に色づくはずなのだが、堂々たる緑である。
 そう、ポインセチアを色づかせるためには、「短日処理」をしなければならない。秋ごろ、夕方から朝にかけて段ボールをかぶせて日照時間を減らすと、「むむ、蕾をつける時期か!」とポインセチアが察知し、クリスマスの時期に葉が色づくのだ。
 しかし私は毎年、短日処理に失敗する。しんなりしつつも、なんとか冬を乗り越えたポインセチアは、春から夏にかけて元気を取り戻し、ぐんぐん葉を繁らせる。「よかったよかった」と安堵して迎えた秋、満を持して鉢に箱をかぶせるのだが、私の起床時間が不規則なため、昼になっても箱を取ってもらえなかったり、午後三時ごろに就寝するのに合わせて、早くも箱をかぶせられたりと、翻弄されるポインセチア。
 当然、色づくはずもなく、緑のポインセチアの鉢が増えていく。緑のポインセチアは、ただの「ちっちゃい木」である。かわいいけど、ポインセチア感は皆無……。ただでさえ狭い風呂場に、なぜちっちゃい木を並べなきゃならんのか、自分でしていることだけれど、たまに本気で首をかしげてしまう。
 苦手だなあと思いながらも、それでも私は野菜を切るしポインセチア育成を続行する。野菜もポインセチアも、とてもうつくしいからだ。
 予定とちがう形に切れてしまったスイカや野菜の断面を、まじまじと眺める。種や葉脈や繊維がものすごく精妙な模様を描いている。風呂場のポインセチアもそうだ。葉に載ったシャワーの水滴が宝石のように輝き、レンズとなってその下を走る葉脈を拡大する。不思議だ。こんなにうつくしい形状を生みだす自然の力が不思議だ。
 私たち人間の体も同様に、うつくしく精妙な仕組みでできあがっているわけで、いよいよもって不思議だなあと思いながら、素っ裸で風呂場にしゃがみ、ポインセチアに見入る日々だ。




三浦しをん

小説家。1976年、東京都出身。 2000 年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、 2015 年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞及び河合隼雄物語賞を受賞。2019年には植物学専攻の大学院生を描いた『愛なき世界』で、作家としては初めてとなる日本植物学会賞特別賞を受賞した。『風が強く吹いている』『きみはポラリス』『のっけから失礼します』『マナーはいらない 小説の書きかた講座』など著作多数。






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