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HABA note- 心地よい暮らし -

2022.6.22 カルチャー 

美はあちこちに宿る

第17回 オシャレな部屋への憧れ

美はあちこちに宿る

小説家 三浦しをんさんのエッセイを毎月1回お届けします。

 

 一人暮らしの友人が引っ越しをすることになり、私も部屋探しを手伝っている。まあ「手伝う」といっても、だいたいの予算や条件を聞いておき、寝るまえにスマホでポチポチと不動産サイトを検索するぐらいのことだ。
 しかし友人(女性)が提示してきた「部屋の条件」が、ゆるいんだか厳しいんだかわからない。
「駅から近いほうがいいよね」
 と尋ねても、
「近いに越したことはないけど、遠くてもかまわないかな」
 と漠然としたお答え。逆に友人から、「この部屋、どう思う?」と情報が送られてきたので見てみたら、見通しの悪そうな狭い道に面したアパートの一階で、よく見るとヒビの入った窓ガラスに補修テープが貼られていた。
「ダメに決まってるじゃん! 防犯的に二階以上の部屋にしたほうがいいと思うし、不動産屋さんも『とりいそぎ』ってことで写真をアップしたんだろうけど、せめて窓ガラスを入れ替えてからにしてほしいよ」
「でもほら、収納がいっぱいあるの!(うきうき)」
 そう、友人は築年数も駅からの距離も防犯面もまるで気にしていないのだが、「収納」にだけは異様なこだわりを見せるのだ。大きな押入がふたつある部屋の情報を送っても、「これだとちょっと収納がたりないかも」と二の足を踏むのである。
 なぜなら、友人は漫画と洋服が好きで、大量に保持しているからだ。どのぐらい大量かというと、六畳間の壁面をすべて天井までの本棚で埋め、さらに床全面にも漫画を腰の高さまでみっちり積みあげても、まだたりないぐらいの量だ。友人のクローゼットは見たことがないので、洋服の量は把握していないが、いつもオシャレでちょっと変わった服を着ているから、たぶん同じような状況なのだろう。
「常軌を逸している」と思われるかもしれないが、オタクとはたいがいこういうものなのである。私も漫画に関しては友人と似たり寄ったりの惨状を呈しているので、「引っ越しを機に、ちょっとは処分しては……」とは口が裂けても言えない。
 そういうわけで難航する友人の部屋探し。友人はだんだん疲れてきたらしく、
「インテリア雑誌とか、部屋の収納術を教えてくれるYou Tubeの動画とかを見てると、なんだか怒りがこみあげてくるようになっちゃって」
 と愚痴を吐く。「だって、『本はこの引き出しに収めています』なんて言うんだよ?」
「本は、引き出しに収まるようなもんじゃないっ!」
「だよねえ。お洋服も、『トップスは主にこの五着を着まわしていて』とか」
「あたしは、冬はもこもこに着ぶくれたい派だ! この冬も、もこもこした部屋着がどうしてもタンスに収まらず、畳んでソファに置くことにした。出し入れする手間が省けて、むしろ便利だっ!」
「だよねえ。でもそれじゃあ、永遠にオシャレな部屋にはならない……(詠嘆)」
「もうインテリア雑誌や収納術の動画を見るのをやめなよ」
 と私は助言した。「たしかに、ものの少ない部屋はすっきりしていて暮らしやすそうだなと思う。だからこれは負け惜しみなんだけど、見ようによってはディケンズやドストエフスキーの小説に出てくる部屋のようでもある」
「ああ、テーブルと椅子が一個ずつと、ベッドが一台、みたいな」
「そう。部屋に出没するネズミと酸っぱいパンを分けあう、みたいな」
「全然ちがうよ! オシャレな部屋にはネズミは出ないよ!」
「うんまあ、まったくちがうんだけど、そうとでも思わないと私の心の平安が保たれない。私が思うに、オシャレな部屋に住むひとたちは、『オシャレな部屋オタク』なのだ。オタクという点では同じだが、私たちとは流派がちがう。かれらは、部屋をきちんと整えておかないと気持ちが落ち着かない。それに対して、私たちは『漫画オタク』や『洋服オタク』だから、漫画や洋服を収集し溜めこまないとそわそわしてしまうのだ。かれらと私たちは、オタクとして互いの信念を尊重することはできるが、合流合体することは決してできない流派に属しているのだ……!」
「残念すぎるお知らせだよ」
 と友人はため息をついた。「私たちはどう努力しても、絶対にオシャレな部屋には住めない運命ってこと?」
「つらいけど、そういうことになるね。だって、漫画や洋服がドワーッとある部屋を見ると、どんな気持ちになる?」
「『すごいなあ!』って、うきうきわくわくして、幸せを感じる」
「でしょ? それが私たちにお似合いの部屋ということだよ」
「しをんちゃん。今後も収納が多い倉庫みたいな部屋を探すから、手を貸して。収納たっぷりでさえあれば、ネズミと酸っぱいパンを分けあうような薄暗い部屋でもかまわない」
「ラジャ!」
 私にもむろん、すっきりオシャレでネズミが出ない部屋を、「うつくしいな、いいものだな」と認識する感性はある。しかし、美と幸福がいついかなるときも併存するとはかぎらない。友人や私にとっては、「(部屋が)うつくしくなくても、幸せ」ということがあり得るわけで、ひとの心や価値観とは不思議で多様なものなのだと、つくづく思い知らされるのだった。  

美はあちこちに宿る

三浦しをん
小説家。1976年、東京都出身。 2000 年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、 2015 年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞及び河合隼雄物語賞を受賞。2019年には植物学専攻の大学院生を描いた『愛なき世界』で、作家としては初めてとなる日本植物学会賞特別賞を受賞した。『風が強く吹いている』『マナーはいらない 小説の書きかた講座』など著作多数。最新刊は小説『エレジーは流れない』。