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HABA note- 心地よい暮らし -

2023.9.21 カルチャー 

美はあちこちに宿る

第31回 大きな生き物

美はあちこちに宿る

小説家 三浦しをんさんのエッセイを毎月1回お届けします。

 

 北海道を一週間ほど旅行した。
 帯広に住んでいる友だちとひさしぶりに会い、車で道内のあちこちに連れていってもらって、とても楽しい時間を過ごした。なにしろコロナ禍でずっとご無沙汰だったため、話題も積もりまくっている。私たちは数日間、猛然とおしゃべりしつづけながら、絶景の岬を登ったり、牧草を食む馬や牛を眺めたり、ヒグマの生態を観察したりしたのだった。
 むろんヒグマに関しては、「ベア・マウンテン」というヒグマのサファリパークみたいな施設で見たのである。いくら獰猛で鳴らす私といえど、さすがに野性のヒグマと遭遇していたら、いまこの原稿を書けていない。「ベア・マウンテン」では、ヒグマが山腹の笹の茂みで昼寝したり、水場でばちゃばちゃ遊んだりしているところを、バスのなかから間近に眺めることができる。ヒグマというのは、思ったよりも無邪気でかわいい生き物なんだなと感じたが、人間の指ぐらいのサイズがある鋭い爪を見ると、やはり絶対に山や水辺でかちあいたくはないと震えあがった。ヒグマの生態がわかる展示もあるので、「ベア・マウンテン」おすすめです。
 北海道の雄大さと食を満喫する旅だったのだが、私が胸打たれたことのひとつは「ばんえい競馬」だ。サラブレッドの競馬はけっこう好きで、テレビ中継もわりと見るし、たまに競馬場にも行くのだが、ばんえい競馬ははじめてだ。友人に連れられ、わくわくと帯広の競馬場を訪れた。
 ばんえい競馬は、サラブレッドよりも大きな馬が、騎手を乗せた重いソリを引いて走る。というか、歩く。ソリは四百五十キロもあるそうで、力持ちのお馬さんといえど、さすがにエッサエッサと引いて歩くのが精一杯だ。
 コースは一直線で、観客は馬の前進に合わせ、コースの隣を歩いて移動しながら応援する。サラブレッドの競馬だと、あまりに馬の足が速くて一瞬で勝敗がついてしまうように感じられるが、ばんえい競馬はゆったりペースだ。しかし、熱い。馬が一生懸命にソリを引いている様子をすぐそばで見られるし、当然ながら馬券も買っているわけなので、観客のおじさん、おじいさんが声をからして、馬と騎手を励ましていた(たまに、「なにやってんだあぁぁ」と悲嘆の声も上げていた。馬もひとも必死である)。
 コースの途中には、小さな山と大きな山が設置されている。重いソリを引いて、ふたつの山を越えないとゴールにたどりつけないのだ。これはかなり過酷では……。私は初心者なので、まずは馬券を買わずに、どんなレースなのかを見物してみることにした。
 スタート地点からいっせいに歩きだした馬たちは、最初の小山の手前で立ち止まる。繰り返すが、なにしろソリが重い。息を整え、馬の気持ちも前向きになったところで(たぶん)、騎手が手綱で合図を送って、うんせうんせと小山を登って下りる。
 下りたところで、また立ち止まって、迫りくる大山を登るのに備える。そうこうするうちに、遅れて小山を登り終えた馬たちも追いつき、大山のまえで横一線に並んで息を整える。
「えーと……」
 と私は言った。「これって、ひとつめの小山の意味はなんなの? スタート時と同じ状況(横一線)に戻っちゃったように思えるんだけど」
「いやごめん、私もばんえいに数回しか来たことないから、詳しいことはよくわかんない」
 と友人は言った。「でも、小山をうまく登れるかどうかで体力の消耗度もちがうだろうし、大山をどのタイミングで登りはじめるかとか、いろいろ駆け引きがあるってことなんじゃないかな。推測だけど」
 なるほど。馬たちは一頭、また一頭と、今度は大山に挑戦しはじめる。ものすごい急角度なので、馬が全力を振り絞っているのが見て取れる。馬券を買っていないにもかかわらず、私も思わず拳を握る。騎手がソリのうえから馬のお尻をムチで叩く。それで奮起して大山を越える馬もいるが、なかには、「なんで俺の尻を叩くんだよ」と不満そうに騎手を振り返り、傾斜の途中で頑として動かなくなってしまう馬もいる。そりゃそうだよな。ただでさえ重いソリを引いてて大変なのに、山まで登れと言われ、さらにお尻を叩かれたんじゃ、ストを決行したくもなる。私はその馬におおいに感情移入したのだった。
 とにもかくにも、無事に全頭がゴールした。大きな体に力をみなぎらせて進む馬の姿は、とてもうつくしく、心揺さぶられるものだった。私は満を持して、つぎのレースの馬券を買うことにした。と言っても、こちとらばんえいのド素人。これまでの戦績やレースの駆け引きといった細かい機微はわからないので、馬の名前と第一印象で決め、単勝で百円だけ買った。その馬は女の子のようで、たてがみにきれいな花飾りをつけており、かわいらしかったからだ。
 結果、なんとその子が一着になり、百円が二千四百四十円になりました! ありがとう、ウマコ!(そんな名前ではなかった) ウマコは重いソリをものともせず、ふんぬふんぬとふたつの山を越え、ほかの馬を引き離して悠然とゴールした。え、かわいいうえに、すごい力持ち。ウマコ、かっこいい!
 ウマコの活躍のおかげで、その晩、友人と私はビールを買いこみ、存分に飲むことができたのだった。  

美はあちこちに宿る

三浦しをん
小説家。1976年、東京都出身。 2000 年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、 2015 年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞及び河合隼雄物語賞を受賞。『風が強く吹いている』『愛なき世界』『のっけから失礼します』など著作多数。本誌連載も収録したエッセイ集『好きになってしまいました。』(大和書房)発売中。最新刊は小説『墨のゆらめき』(新潮社)。