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2025.08.21 カルチャー

日日是ココロユルビ

第6回 休日のカタルシス

小林聡美さんのエッセイを毎月1回お届けしています。

 健康診断の時にネックレスを外すのを忘れて、レントゲンの前に慌てて化粧ポーチに放り込んだ。夜、思い出して取りだすと、一日ポーチの中でシャカシャカ振られたチェーンは豪快にこんがらがっていた。
 知恵の輪は苦手だが、毛糸など紐状のこんがらがったものをほどくのは意外と嫌いではない。息苦しそうに凝り固まっているところが少しずつ緩んでいき、最後、すーっと元の一本の状態に戻る瞬間は、まさにカタルシス。だが、今回のチェーンは極細ということもあって、本腰を入れないとかなり手ごわそうだ。
 なかなか手が付けられず気になっていたが、ようやく時間をたっぷりとれる休日となった。まずはネックレスを机の上に寝かせ、チェーンの固い結び目をシャープペンシルの先でジャリジャリつつく。かなりキツく絡まっている。少しずつ緩んではくるものの、こちらを引っ張ればあちらが締まり、あちらを緩めるとこちらが絡まる。イライラするところだが、ほどき好きにはここが楽しい。決して力んではいけない。あらゆるところを緩めて(結び目も自分の気持ちも)様子を見ることが肝心。
 考えてみると、大事な局面では緩んでいる時にこそ力が発揮される。硬いカボチャを切る時、薪を割る時、力任せに包丁や斧を振り下ろすのはとても危険だ。当たりをつけたら、一瞬力をこめてあとはサクッと刃を入れる。あらゆるスポーツ、踊り、歌や演劇、楽器の演奏。準備運動のたぐいは、すべて体を緩めるための準備だ。つまり油断すると私たちの体はすぐに緊張してしまうのだ。だからといって、ふにゃふにゃしていればいいのかといえばそうでもなく、力点というか丹田というか、その辺の意識も大事だ。
 ピアノを始めて五年。目の前の楽譜は私にとってはいつもこんがらがった物体だ。あきれるほどゆっくりだが、それらの物体がほどけて旋律になっていくのは、絡まった結び目がほどけていくのに近い喜びがある。力んでばかりの練習だが、あまりの下手さに絶望して力が抜けた時、自分でもびっくりするくらいなめらかに弾けることがある。「こういうことか」とその時は思うのだが、先生の前で決して再現できないのが悲しい。
 そんなことをぼんやり思いながらチェーンをいじっていたら、いよいよ道が見えてきた。あわてず、慎重にそろりそろりと引いてみる。するとさっきまで金色の塊だったものが、一本の細い金の糸に戻った。所要時間は一時間十五分。充実のマインドフルネスでした。

小林聡美さん

小林聡美

1965年東京生まれ。1982年に「転校生」でスクリーンデビュー。主な出演作にドラマ「団地のふたり」「ペンションメッツァ」「すいか」、映画「かもめ食堂」「紙の月」「ツユクサ」、舞台「24番地の桜の園」「阿修羅のごとく」。主な著書に『茶柱の立つところ』『わたしの、本のある日々』『聡乃学習』。

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