2025.02.18 カルチャー
第2回 褒められる
小林聡美さんのエッセイを毎月1回お届けしています。
自分の顔は、生まれもっての運命共同体。仲良く付き合ってゆくしかない。せめてここがもう少しこうだったら、とか、いろいろ思うところはあるけれど、そんな願望や不満は若いころのほうが多かった。老眼で鏡の中の詳細もぼんやりしてきたせいか、はたまた何事に対しても以前よりおおらかになったせいか。
とはいえ、鏡の中の自分と対峙するのはやっぱり苦手だ。想像している自分より、いつもちょっと疲れた顔をしているからだろうか。もう長い付き合いの自分の顔を、あえてじっくり見ないのも、自分に対する思いやりのような気もしないでもない。
そんな私だが、先日思い立って頭皮のエステなるものを体験してみた。お疲れ気味の顔も、考えてみれば頭皮とひと続き。頭のコリがとれれば、顔だって多少すっきりするに違いない。サロンでは、はじめに担当のかたがスコープカメラで頭皮の状態を見てくれた。疲れもたまっていたし、よれよれの頭皮だったら悲しいな、と思っていたら「とてもいい状態ですねえ。色も綺麗です」と意外にも褒められた。ふだん人目につかないところが良い状態と言われるのは、なんだか〝行き届いている〞みたいで嬉しい。いきなり褒められたので俄然調子に乗って、機嫌良く二時間の頭皮のエステを終えた(ほとんど眠っていた)。髪にも艶がでて頭も軽い。こういうことを定期的にやっていくこともこれからは大事かもね、と思った。
ほどなく、初めてお会いするヘアメイクさんにメイクをしていただくことになった。そのメイクさんは私の髪を触ってしばらくすると「すごくいい毛の生え方してますね!」と言った。「このオデコの生え際!襟足の癖もいいですねえ」と絶賛した。生まれて初めて毛の生え方を褒められた。思いがけない大肯定だ。なんだかまたまた調子に乗ってきた。もしかしたら、いい気分で仕事をしてほしいという気遣いだったかもしれないが、言い方がわざとらしくなかったので、素直に嬉しかった。
もうずいぶん見慣れてしまって、これといって目新しいところのない自分の姿かたちも、新鮮な視点からちょっとしたポジティブな言葉をかけてもらうだけで、幸せな気分になる。ニンゲンとは頭皮の状態や毛の生え方を褒められて幸せになれる素直な生きものなのだ。ならば自分も、周りの人のちょっとした美しさを口に出して褒めてみようと思った。それでその人を幸せにできるのならば、私も嬉しい。

小林聡美
1965年東京生まれ。1982年に「転校生」でスクリーンデビュー。主な出演作にドラマ「団地のふたり」「ペンションメッツァ」「すいか」、映画「かもめ食堂」「紙の月」「ツユクサ」、舞台「24番地の桜の園」「阿修羅のごとく」。主な著書に『茶柱の立つところ』『わたしの、本のある日々』『聡乃学習』。