2025.04.21 カルチャー
第3回 韓国旅行
小林聡美さんのエッセイを毎月1回お届けしています。
十年ぶりに、友人と三人で韓国のソウルに出かけた。同行のふたりは、K‐POPや韓国ドラマにかなり傾倒している。ひとりは足しげく韓国に通い、もうひとりも「沼にはまる五歩手前」と自分でキャッチフレーズをつけている。しかし、今回はいわゆる「聖地巡り」ではない、美味しいものを楽しむ旅だ。十年前の旅行の時に残った韓国の紙幣は二万円分ほどあって、伊藤博文の千円札(知らない若者もいますね)くらいに年季の入った千ウォンがたくさんあった。使えるかな、と思ったけれど一応財布にいれた。
十年ぶりのソウルは、ピカピカだった。韓国通の友人は配車アプリでタクシーを呼び、翻訳アプリで地図を読みこなした。おしゃれなカフェやレストランに目を瞠り、昔ながらの横丁の小さな食堂の活気にワクワクした。韓国通の友人のソウル在住のお知り合いも合流して、地元ならではのお店でお粥やチヂミや蒸し鶏やコリコリする骨なんかをたらふく食べた。いろいろウロウロしてみると、ソウルは意外と坂が多い。そしてどこか見覚えのある風景に「あ、このビルはドラマで見たことある」などと盛り上がり、飲料水の広告のポスターに「あ!あのドラマのひと!」なんて妙に興奮したりする。「聖地巡り」ではない旅なのに勝手にあちこちから聖地がやってくる。
美味しいものや聖地には感動したが、「包む」という文化も印象的だった。お店で買ったものや、お土産にといただいたものは、どれも温かく包まれていた。過剰包装とか資源の浪費などといわれ、最近は買い物をしてもむき出しでそのまま持ち帰ったりするけれど、きちんと包まれた品物を手にするのはやっぱり豊かな気持ちになる。決して贅沢な紙や布でなくとも、箱の角に折り目が合って結び目がキリッと、あるいは優しくふんわり結ばれている。「自宅用です」と伝えたのに、折り紙の兜みたいに綺麗に包んでくれたお店もあった(言葉が通じなかったのかもしれないが)。モダンなソウルで、繊細な伝統に出合う。実は日本もそんな素晴らしい文化と技のある国で、韓国というお隣の国にとても親しみを感じた。
問題の伊藤博文千ウォン札は、モダンなソウルではどこへ行っても出番がなく、結局帰りの空港の免税店で朝鮮人参エキスを購入する際、お店の人に使用可能か確認して(店員さんはちょっと笑った)すべてのお札を使った。手元になくなったら、それはそれでサビシい。少し残しておけばよかったな。

小林聡美
1965年東京生まれ。1982年に「転校生」でスクリーンデビュー。主な出演作にドラマ「団地のふたり」「ペンションメッツァ」「すいか」、映画「かもめ食堂」「紙の月」「ツユクサ」、舞台「24番地の桜の園」「阿修羅のごとく」。主な著書に『茶柱の立つところ』『わたしの、本のある日々』『聡乃学習』。
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