2025.11.18 カルチャー

第9回 一人でできるもん
小林聡美さんのエッセイを毎月1回お届けしています。
もうだいぶ昔の話だが、家具屋さんに猫のためにキャットタワーを作ってもらったことがあった。木製でどっしりしていて居間ではかなりな存在感。だが猫たちはその存在を完全無視だった。数年間、観葉植物置き場と化していたが、いつまでも置いておくのもどうかと思い、欲しいというかたがいたので送る手配を試みた。ところがあらゆる運送会社、引っ越し業者に「NO」と言われた。梱包できないものは運べないという理由だった。まあ理屈はわかるが、梱包資材を提供してくれるとか、そういうサービスも無いのだった。粗大ごみとしても出せないし、運送もしてもらえない。途方に暮れた。結局、知人と三人がかりで運び出し、軽トラの荷台に乗せて運んでもらうことができたが、それを教訓に、家具は「運送してもらえるもの」「粗大ごみとなるもの」、そして「一人で動かせるもの」(フローリング保護パッドを活用)しか買わない、と心に決めた。
そんな決心をしたはずの私が、先日、オンラインショップでウォーキングマシーンを買ってしまった。本当は外を歩きたいところだがなかなか時間がとれず、心も体も運動不足を感じていたところ、「コンパクトでいいよ」と友人に薦められたのだった。
家に届いた箱は私の身長ほどあった。玄関まで運んでくれた配達のおじさんの額には汗、そして息も荒かった。これでコンパクトなのか…。玄関で解体された箱から取り出した取説に「必ず二人以上で設置してください」と太字が。そうでしょう。これは重いでしょう。私はフローリング保護パッドをマシーンの下にかませて、指を挟んだりしないよう、慎重に滑らせた。置き場所はいろいろ考えた末、結局キャットタワーの跡地になった。居間にウォーキングマシーン(健康器具)があるのは、どことなく“実家感”があるが、健康を考える世代ならではの景色なのかもしれない。外を歩きそびれた日でも、隙間をみつけて二十分くらいは歩ける。韓国ドラマを観ながらの二十分は、充実している。
健康器具の行く末は、「物干し」「本置き場」になりがちだが、なるべくそうならないよう健康維持と娯楽のマリアージュを継続していきたい。そして、長年の経験から、手放す時のことも忘れない。「箱は捨てない」。自分の身長ほどの箱を折り畳んでなんとか物置に収めた。梱包できないなんて言わせない。ただし、将来ウォーキングマシーンを箱に入れることが、一人でできるかどうかは、自信がない。
小林聡美
1965年東京生まれ。1982年に「転校生」でスクリーンデビュー。主な出演作にドラマ「団地のふたり」「ペンションメッツァ」「すいか」、映画「かもめ食堂」「紙の月」「ツユクサ」、舞台「24番地の桜の園」「阿修羅のごとく」。主な著書に『茶柱の立つところ』『わたしの、本のある日々』『聡乃学習』。