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2026.8.20 カルチャー

日日是ココロユルビ

第15回 妄想のお願い

小林聡美さんのエッセイを毎月1回お届けしています。

 ひとり暮らしは気楽でいい、と思われているかたは多いだろう。否定はしない。自分のことは自分でして、健康で、大した悩みもなく、毎日平和に寝床につくことが出来たらそれだけで十分幸せだ。しかし、ひとたびワンオペの危機に直面すれば、本当にひとり暮らしは大変だ。
 例えば、連日朝から晩まで仕事が続けば、家のことがどうしてもおざなりになる。気は張っているし体は疲れているし、家の掃除やご飯の支度までどうしたって手が回らない。もし、ここにもう一人、誰かいれば、「洗濯もの取り込んで畳んどいて」「お風呂洗っといて」なんてお願いしたい。あわよくば冷蔵庫に誰かが買ってきた食べ物が入っているかもしれない。本音を言えば「ゴハン作っといて」とかお願いしたい。考えたらお手伝いさんをお願いすれば済む話のようだ。しかし、その辺は家に人を入れることへの庶民的抵抗からなかなか決心のいるところだ。
 妄想のお願いの中で一番切実なのは「ゴハン作っといて」かな。以前にも書いたが、食べることは本当に大事。どんなに忙しくても食べないことには元気が出ない。多少部屋が汚れていようと、洗濯物が丸まったまま引き出しに入っていようと、ゴハンさえ食べていれば、目の前の多忙の波をなんとか乗り越えられるだろう。そう思って、波のはじめの頃は、気合を入れて冷蔵庫にお惣菜を常備したり、現場におにぎりを作っていったりするが、そのうちそんなことしている余裕もなくなって、結局出勤前にコンビニでバナナや茹で卵なんかを買って、モソモソ食いつないでいる事態がやってくる。栄養管理アプリに入力するのも憚られる食生活だ。
 そこで試してみたのが、冷凍で送られてくる定期便のお惣菜セット。栄養バランスも考えられている。これが思いのほか便利で美味しい。帰宅後10分でゴハンが食べられる。わーい、と喜んでいたが、しかしやはり、解凍、加熱で美味しくなるように考えられたメニューは、似たような味付け、食感で、すぐに手料理が恋しくなった。
 ようやく多忙の波を乗り越えて、自分で食べ物を作る気持ちの余裕も出てきた私は、ひたすら玉葱や生姜などの甘酢漬けを作っている。作業も単純で、至極簡単。漬けた容器を見ていると、なんだかひと仕事終えた満足感。これらを野菜と合わせてサラダにしたり、お肉と一緒に食べたりする。そんな簡単な料理を頬張れば、ひとり暮らしは気楽でいいわあ、とちゃっかり思うのだった。

小林聡美さん

小林聡美

1965年東京生まれ。1982年に「転校生」でスクリーンデビュー。主な出演作にドラマ「団地のふたり」「ペンションメッツァ」「すいか」、映画「かもめ食堂」「紙の月」「ツユクサ」、舞台「阿修羅のごとく」「岸辺のアルバム」。主な著書に『茶柱の立つところ』『わたしの、本のある日々』『聡乃学習』。

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