当サイトを正常に閲覧いただくにはJavaScriptを有効にする必要があります。
ハーバー初めての方限定

のおすすめ商品!

詳細はこちら

無添加主義® ハーバーの公式オンラインショップ | 今なら、全国どこでも送料無料!

今なら、全国どこでも送料無料!

HABA note- 心地よい暮らし -

2023.5.54 カルチャー 

美はあちこちに宿る

第27回 翻弄するエアプランツ

美はあちこちに宿る

小説家 三浦しをんさんのエッセイを毎月1回お届けします。

 

 また植物の話になってしまうのだが、私は鉢植えのほかにエアプランツも育てている。土に植えなくてもいい、とがった葉っぱだけがゴロンと転がっている、あれだ。
 数年まえ、きれいなお花のアレンジメントをいただいた。そのなかに、「パイナップルの葉っぱ部分のミニチュア版」みたいなエアプランツがいくつか混じっていたのだ。花が枯れても、エアプランツは緑の葉っぱをぴんぴんさせていたので、とりあえず救出して棚のうえに転がしておいた。
 だが、視界の端でパイナップルの葉っぱ部分みたいな物体がごろごろしているのは、どうも気になる。しかも、エアプランツとは「空気中の水分を葉っぱから吸収できるので、水やり不要」なのかと思っていたのに、なんだか干からびていってるように見受けられる。急いでエアプランツをぶくぶく水に沈めたのち、すくいあげて木製のザルに並べたら、元気を取り戻した。なるほど、やっぱり植物なんだもんな。まったく水やり不要というわけではなかったようだ。
 そこから愛着が湧き、霧吹きでしゅっしゅと水を吹きかけたり、たまに水を張った鍋に沈めたりと、なんとなくの勘で世話をつづけたところ、もともと頑丈な性質なのか、四個ほどのエアプランツは順調に大きくなっていった。いまやザルからはみだしそうなほどで、みっちみちにひしめきあっている。よしよし、かわいいのう。
 私はサボテンなどの多肉植物を枯らしてしまうことが多い。水やりのコツをうまくつかめないのだ。サボテンの原生地と日本とでは気候がちがうのに、そのちがいを想像しきれず、ついつい湿潤にしすぎてしまうのが敗因だと思う。「相手の身になって考える」というのは、人間関係はもちろんのこと、植物との関係においてもむずかしいものだと痛感され、反省と試行錯誤の日々だが、それはそれとして、エアプランツの故郷も日本の気候とは大幅に異なると推測される。具体的にどこなのか知らないけど(調べてから育ててあげて自分)、「ミニチュア版パイナップルの葉っぱ部分」が日本の道端にごろごろしてる風景は見たことがないので、きっと遠い場所からやってきたのだろう。にもかかわらず、異国の地で適当に水に沈められる日々でも、けなげにみっちみちになってくれるエアプランツ。きみたちを絶対に守ってみせる!
 と思っていたのだが、このまえの冬、エアプランツのうちの一個が、葉先をどんどん黄色くしていった。枯れかけている!? 鉢植えの植物だったら、肥料を与えるとか植え替えしてみるとか、いくつか対応策も思い浮かぶが、エアプランツはそもそもザルに載ってるだけなので、べつのザルに移したところで「植え替え」にはならないだろうし、肥料といったって「全身ほぼ葉っぱ」なのに、いったいどこから注入すりゃいいんだ?
 手をこまねいていたら、黄色く色づいたエアプランツは、葉のあいだから白くて細長い袋のようなものをのばしはじめ、その先端からちっちゃいめしべとおしべらしきものが飛びだした。
 ええっ、花!? エアプランツって、花が咲くの!? 仕組みがまったくわからないが、花が咲くまえに葉が黄色くなったのは、つまりは「紅葉」だったということ? 「逆立てた髪を金色に染めた宇宙人の頭部(アンテナつき)」みたいな、面妖な姿になったエアプランツをしげしげと眺める。うーん、見慣れてくると、葉っぱの根もとから先端にかけて、緑からレモンイエローへとグラデーションになっているのがうつくしいし、シュッとのびた袋状の白い花(たぶん)も、SF世界の電波塔みたいでかっこいい。
 不思議なものだなあ。こういう植物が、地球上のどこか、野生の環境下で、静かに花を咲かせ、みっちみちに巨大化していってるのか……。いかなる縁によるものか、拙宅に来たエアプランツは、この電波塔のような花を通して、故郷の仲間たちと通信しているのかもしれない、などと思われてきたのだった(植物を乱獲、密輸するのは、論外の行いだ。現在、大量に出まわっているエアプランツも、正規の手続きを踏んで輸入し、園芸・栽培用に株分けして増やしたものだと願いたい)。
 花(たぶん)は二週間ほどでくたっとしおれ、葉の色も徐々に緑に戻っていった。身近で見かける植物とあまりにもかけ離れた生態だと感じられ、狐につままれたような気分だった。本当に花だったとして、実はどこにできるの? しおれた電波塔の根もと付近、葉っぱの合間を覗きこむも、実らしきものはまるで見当たらない。あの開花(?)は、なんだったんだ。
 当初は首をかしげていたのだが、そのうち花(たぶん)が咲いたことも忘れ、またエアプランツを適当に水にぶくぶく沈める日がつづいた。そしたらつい先日、またべつの株が葉っぱを黄色くしはじめた。もうすぐ夏なのに紅葉して、きみも開花するの!? きみたちはいったい、いつの季節に開花することにしてるの!?
 エアプランツの故郷は、「四季」と言えるほど明確な季節の移り変わりがない場所なのだろうか。数年一緒に暮らしているのに、かれらの生態も、リズム感も、なにひとつとしてつかめないままだ。でも、わからないことが多い存在だからこそ刺激的で、もっと知りたくなるし、花(たぶん)が咲いたときの驚きと喜びも大きいのだった。  

美はあちこちに宿る

三浦しをん
小説家。1976年、東京都出身。 2000年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞及び河合隼雄物語賞を受賞。『風が強く吹いている』『愛なき世界』『マナーはいらない 小説の書きかた講座』など著作多数。本誌連載も収録したエッセイ集『好きになってしまいました。』(大和書房)発売中。