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HABA note- 心地よい暮らし -

2023.6.22 カルチャー 

美はあちこちに宿る

第28回 のんびり列車旅

美はあちこちに宿る

小説家 三浦しをんさんのエッセイを毎月1回お届けします。

 

 法事で父の出身地である三重県へ行き、ひさしぶりに親戚と会った。いとこの子ども、KくんとHちゃんが大きくなっていて驚いた。
 Hちゃん(五歳)は、前回会ったときにはバブバブの赤ちゃんだったのに、すっかり人語を解するようになっていたうえに、おしゃれに目覚めていた。フェルトでできたプリキュア(?)のお人形がお気に入りのようで、ピンクのリュックサックに入れて、いつも一緒に行動する。そのキャラクターと同じ髪形にしたくて、お母さんに毎朝、髪を編んでもらっているのだそうだ。いわゆるひとつのコスプレ? 髪を留めるゴムには、もちろんきらきらした飾りがついている。本当はピンクの服を着たかったのだが、法事ということで、グレーのワンピース。しかし足もとは子ども用のピンクの運動靴で、足首までの白い靴下にはフリルがついている。もちろん、本人が「これにする」と選んだコーディネートらしい。
 配色も、スカート丈と靴下丈のバランスも完璧で、「むちゃくちゃかわいい! 似合ってる!」と言ったら、Hちゃんは照れたのか、「ほら、川が見えるで」と列車の窓の外を指した。我々はローカル線に乗って、お寺がある村まで移動中だったのである。
 五歳のころ、私はなにをしていただろう。おしゃれのことなど微塵も考えていなかったのはたしかだ。いとこたちからお下がりでもらった服(男物)を着て、泥んこ遊びをしていた記憶がうっすらある。Hちゃんに比べたら野生の獣みたいなものだったはずで、女子力とはいつの時点で、どうやったら身につくものなんだろうと遠い目になる。
 ちなみにお兄さんであるKくん(小学三年生)は、ポケモンのフィギュアを持参し、「どかーん、ぎゃぎゃぎゃぎゃ」とバトルを展開していた。野生の獣がここにも……。(一部の)女子は五歳からおしゃれに夢中なのに、(だいたいの)男子は小学校中学年になっても「ぎゃぎゃぎゃぎゃ」って言ってるらしい。「よしよし、二人ともかわいいのう」と、Hちゃんのおしゃれのこだわりポイントに耳を傾けたり、Kくんのバトルに参加したりと、楽しく遊び相手を務めた。なにしろローカル線なので、ほぼ貸し切り状態だったのだ。
 列車はどんどん山のなかに入っていく。KくんとHちゃんは遊びの合間にも、「おっきい岩がある!」「また川だ!」と、車窓の風景に敏感な反応を示す。川の水は澄んで冷たそうだ。そのうち私は、Hちゃんが川を見るたび、「つく……、つかない……」とつぶやいていることに気がついた。
「なにが『つく』の?」
 と聞くと、恥ずかしそうにもじもじするHちゃんに代わり、
「足や」
 とKくんが通訳してくれた。Hちゃんは水泳教室に通っていて、「足がつかない水深のところでは、まだ泳いではいけない」と先生に言われているらしい。そのため、「この川だったら自分も足がつく=泳げる」と律儀に判定していたのだ。
「お兄ちゃんはバタフライもできるんやで」
 とHちゃんは尊敬の目でKくんを見る。Kくんは誇らしげに、
「まあな。けど川はプールとちがって危ないからな。Hちゃんもバタフライできるようになっても、気をつけんとあかん」
 と妹に訓示を垂れる。なんて仲良しでかわいい兄妹なんだ、と胸がキュッとなる。
 しかも二人はなかなかの観察眼の持ち主で、
「川って、青いとこと緑のとこがある」
「ほんまや。青いとこは端っこに多くて、なんだか深そうやな」
 と言う。
「川がカーブするところは、水の流れで底がえぐられるから、端っこが深くなってることが多いんだよ」
 と教えてあげた。「深いと、水のなかまで光が届きにくいから……、うーん、なんか詳しい仕組みは忘れたけど、青っぽく見える(←教えてあげられてない)」
「へえー!」
 もにゃもにゃした説明にもかかわらず、感心してくれる兄妹。優しい。
 こんな調子で、車内で遊んだり風景を眺めたりするうち、列車が小さな踏切に差しかかった。
「あっ、お母さんや!」
「おばあちゃんもおる!」
 KくんとHちゃんが窓の外に向かって猛然と手を振りはじめた。見るとたしかに、別行動して車で村に向かう途中の、いとこの奥さん(子どもたちのお母さん)とおば(子どもたちの祖母)が踏切のそばに立って、笑顔で手を振っていた。
「さきまわりして、待っててくれたんだね」
 と私も手を振りながら言うと、
「この汽車、すごくゆっくり走るもんなあ。俺、見とったけど、道を行く全部の車に抜かされたで」
 と、Kくんが「信じられない」という風情で言うので、笑ってしまった。
 一時間半ほどの乗車で、列車は終点の駅に着いた。KくんとHちゃんの感想は、「楽しかった!」「また乗りたい!」だった。緑の山々と、澄んだ川。うつくしい風景のなかをのんびり走る列車に、この子たちとまた乗りたいなと私も思った。  

美はあちこちに宿る

三浦しをん
小説家。1976年、東京都出身。2000年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞及び河合隼雄物語賞を受賞。『風が強く吹いている』『愛なき世界』『マナーはいらない 小説の書きかた講座』など著作多数。本誌連載も収録したエッセイ集『好きになってしまいました。』(大和書房)発売中。最新刊は小説『墨のゆらめき』(新潮社)。