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2023.11.20 カルチャー 

美はあちこちに宿る

第34回 ゆったり宮崎の旅

美はあちこちに宿る

小説家 三浦しをんさんのエッセイを毎月1回お届けします。

 

宮崎県へ行ってきた。仕事だったのだが、「せっかく遠路はるばる来てくれたんだし」と地元のかたが気をつかってくださったようで、高千穂町に観光にも連れていってもらった。わーい、ありがとうございます!
しかし実際は、ちっとも「遠路はるばる」じゃなかったのだ。たしかに、東京と宮崎は距離があるほうだ。だが、私は飛行機が苦手なため、新幹線で新神戸まで行き、三宮から宮崎まではフェリーに乗るルートを選択した。夜の七時に出航し、翌朝には宮崎に着く(帰りも逆ルートをたどった)。これがとっても快適で、船内のレストランでおいしいご飯をむしゃむしゃ食べ、個室でぐうぐう寝てるあいだに、目的地まで運んでくれる。
早起きして甲板に出て、雲間から朝日が差す大海原を眺める。遠く水平線のあたりを、何隻もの大型タンカーが航行しているのが見える。こんなにたくさんの船が、昼夜を問わず行き来してるんだなあと、ちょっと驚く。コンテナを満載している船もあり、どこから、なにを運んできたのかなと想像する。潮風を感じつつ、雄大でうつくしい風景を堪能することができた。
もちろん、飛行機は目的地に早く着けるので便利だ。でも、時間の流れに沿って、ゆったりと旅情を味わえる船での移動も、すごくいいものだなと今回思った。飛行機に乗るとなると、高所への恐怖で心身ともに激しく消耗する性質なので、個人的には船旅のほうが気が楽だし。うっきうきで船内を見てまわったりもしていたため、楽しくてあっというまで、遠路感はゼロだったのである。
にもかかわらず、宮崎で観光までさせてもらって恐縮だ。と思っていたのだが、高千穂峡がこれまた雄大かつ神秘的な風景だったので、「おー、これはすごいですね! 写真撮りましょう!」とテンションがぶち上がる。恐縮どこ行った。高千穂峡は、その名のとおり峡谷で、ボートに乗ってきれいな滝の真下まで行けるのだ。私は両肩とも五十肩の痛みに襲われている身だから、ボートを漕ぐ役目は同行者のかたにお任せしたのだが。ほんと、恐縮どこ行ったんだ。
高千穂峡はとにかくきれいで迫力のある名勝なので、観光客が押し寄せている。ボート乗り場で順番待ちをしていたら、カモが二羽、川面をすいーと泳いで近づいてきた。仲良しのようで、お互いの羽づくろいをしたりして、かわいい。夫婦かなと思って見ていると、さらに一羽、すいーとやってきた。家族? それとも、たまたま通りがかった他人(他カモ)? なぜ、ボート乗り場にカモが集結するんだろう。
と思っていると、ボート係のおじさんが現れた。三羽のカモは羽を震わせて大喜び。おじさんが投げるパンのかけらを夢中で食べはじめた。なるほど、「そろそろご飯の時間だぞ」と思って、集まってきたのか。それだけでも賢いが、カモがちゃんとおじさんを見分けているらしいことに驚いた。ボート係のひとはほかにも何人もいたのだが、カモはおじさんの姿を見て、俄然興奮しだしたのだ。おじさんの手から直接、パンのかけらをくちばしで器用に受け取るカモもいる。
たぶん、そのおじさんが毎日、カモにパンのお裾分けをしてあげているのだろう。そのうち「手乗りカモ」になりそうなほどなついていて、なんとも心あたたまる光景だった。
観光客が多いため、峡谷ではボートの渋滞が起きる。特に滝の近辺は、流れ落ちる水に押しやられ、対岸側にボートがひしめくことになる。ほかのボートにぶつからずに、ここから抜けだすのは困難だ。あちこちでボートがゴツンと軽く衝突しては、「すみません」「いえいえ、こちらこそ」と、互いの行きたい方向へと押しやってあげる情景が繰り広げられている。
私の同行者は、「ボートを漕ぐの、はじめてなんですよね」と言っていたが、ものすごく上手だった。
「練習したら、ボート競技の大会に出られるんじゃないですか? いや、公園の池にあるみたいな、このタイプのボートを漕ぐ大会が存在するのか、わかりませんが」
「自分でもびっくりしてます。眠っていた才能が目覚めてしまったんでしょうかねえ」
それでも、たまにほかのボートとぶつかってしまう。オールや手で互いのボートを押しあうことで、ふよふよふよ~と新たな航路へ流れていく。衝突が起きても協力することで、思いもよらぬ活路が開ける。ボートも人生も同じ……。などと、清らかな滝のしぶきを浴びながら、「おじいさんの格言」みたいなことを思ったのだった。そのあいだも同行者のかたは、「ますますコツをつかめてきた気がしますね」と巧みにオールを操っていた。すまんのう、わしの両肩がポンコツなばかりに、ただボートに乗ってるだけになってしまって……。
同じ高千穂町には、天照大御神が籠もったという洞窟がご神体の「天岩戸神社」や、「どうやって天照大御神に洞窟から出てきてもらえばいいかねえ」と神さまたちが相談したという、「天安河原(これまた洞窟)」がある。どちらも風光明媚で、「この景観を見たら、昔のひとも、『ここで神さまたちがこんなことをしたんじゃないかなあ』と想像をたくましくするだろうな」と納得だ。
宮崎は、肉も野菜も果物も焼酎も、なにを食べてもおいしかったし(一部飲み物が含まれてしまった)、今度は仕事ではなく旅をしようと決めた。このエッセイからは観光してる様子しかうかがわれないと思うが、一応仕事もしてきたのです。

美はあちこちに宿る

三浦しをん
小説家。1976年、東京都出身。 2000 年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、 2015 年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞及び河合隼雄物語賞を受賞。『風が強く吹いている』『愛なき世界』『のっけから失礼します』など著作多数。本誌連載も収録したエッセイ集『好きになってしまいました。』(大和書房)発売中。最新刊は小説『墨のゆらめき』(新潮社)。