2026.4.20 カルチャー

第12回 二度目のフンドシ
小林聡美さんのエッセイを毎月1回お届けしています。
なんとなく気持ちを新たにするタイミングは、おそらく誰にでも年に二回はあるのではないだろうか。お正月と誕生日である。
私の誕生月は一年も半分になろうかという5月。お正月にたてた目標が壊滅的にグズグズになる頃に再びフンドシを締めなおすチャンスをいただけるのだ。これはまさに神さまに感謝したいタイミング。2月とか3月生まれだと、新年のやる気がまだなんとか続いていそうだし、11月、12月生まれだったら、どうせもうすぐ新年だし、と奮起に出し惜しみがありそう。そう考えると5月は理想的な誕生月だ(個人的な感想です)。今年の年頭には「韓国語を勉強する」という目標を立てた。「勉強する」という漠然とした表現が実に曖昧で、および腰なのがバレるが、せめて単語くらいは覚えて、旅行やドラマ鑑賞に生かしたいと思ったのだった。
振り返ってみると、そんなふうに、一念発起とまではいかなくても、「新しい自分に!」と始めたことはいくつもあった。記憶の一番古いところでは、アイススケート。近所の大型スーパーマーケットの最上階に、ある日突然スケートリンクができて(ジャネット・リンが大人気だった頃)、親に頼んでスケート教室に入れてもらった。ジャネット・リンになるつもりだったが、スケートのスピード感とスピン時の三半規管が無理で、一年ほどで引退。その後の小学生時代はスイミングクラブとお習字。バタフライも楽々できたし(しかしなぜああいう泳ぎ方をする必要があるのだろう)、お習字の段も順調に上がっていったが、どちらもいつのまにか辞めてしまった。それからしばらくは学業と仕事の両立に邁進していくわけだが、すっかり大人になってからはクラリネットや三味線、ウクレレなどに手を出し、いずれも情熱が自然消滅して、楽器だけが証拠品として残っている。こうみるとどうも私は音楽方面への興味が強いようだ。驚きなのは五年前に始めたピアノが今も続いていることだ。上達が遅すぎて、気が付いたら五年たっていたというのが正直な感覚。大きな存在感のピアノがただの証拠品となってしまっては残念過ぎるので、それだけは避けたい。
淡々と過ぎていく日常に抗って、別の場所でいつもと違う世界を味わいたい、というのがこういうことへの発動力なのかもしれない。人生が続く限り、時々は新しい自分を楽しんでみたい。さあ、年頭の目標を思い返しフンドシを締めなおします!
小林聡美
1965年東京生まれ。1982年に「転校生」でスクリーンデビュー。主な出演作にドラマ「団地のふたり」「ペンションメッツァ」「すいか」、映画「かもめ食堂」「紙の月」「ツユクサ」、舞台「24番地の桜の園」「阿修羅のごとく」。主な著書に『茶柱の立つところ』『わたしの、本のある日々』『聡乃学習』。